きょう、マンチェスターの街路には数千人のファンが集まり、ボクシング界の英雄
リッキー・ハットンに最後の別れを告げている。
ハットンの葬儀は英国時間の正午(日本時間午後8時)に始まり、葬列は午前9時45分(日本時間午後5時45分)に出発した。
葬列はハイドのストックポート・ロードにある「チェシャー・チーズ・パブ」前からスタート。
その後、「ヘアヒル・タバーン」を経由し、サルフォードの「ニュー・イン」で一時停止。ここでハットンの功績を称え、白い鳩が放たれる。
全長約18マイル(約29キロ)に及ぶルートは、ハットンのジム「Hatton Gym」や「ハイド・タウンホール」、「ベッタ・ボディーズ・ジム」を通り、最後はハットンがプロキャリア48戦中14試合を戦った「AOアリーナ」に到着する予定だ。



葬列はその後、マンチェスター大聖堂へと到着し、正午から葬儀のセレモニーが執り行われる。追悼式が終わると、葬列はハットンが愛したマンチェスター・シティFCの本拠地、エティハド・スタジアムへと進む予定だ。
先月、ハットンの訃報が伝えられると、アンソニー・ジョシュア、タイソン・フューリー、マニー・パッキャオら、ボクシング界を代表するスターたちが次々と哀悼の意を表した。ハットンがこのスポーツに与えた影響は計り知れない。
ハットンは地元のレジャーセンターでキャリアをスタートさせ、その後マンチェスター・アリーナでのビッグファイトへと駆け上がった。
2005年、圧倒的な人気を誇っていたコスチャ・ズーを相手に大番狂わせを起こし、第12ラウンド開始前にオーストラリア人王者を棄権に追い込み、『ザ・リング』誌とIBFのジュニアウェルター級王座を同時に獲得したのが彼の頂点だった。
その後も彼の人気は高まり、数万人ものファンが彼を追ってアメリカへ遠征。ルイス・コラッゾ、フロイド・メイウェザー、そしてマニー・パッキャオとのタイトル戦を戦い、世界的なスーパースターとしての地位を確立した。



しかし、ハットンのリング外での苦悩は広く知られている。
パッキャオ戦での敗北後、約3年半にわたりボクシング界を離れていた彼は、復帰戦でウクライナのビャチェスラフ・センチェンコと対戦。勇敢な戦いを見せたものの敗北を喫し、2012年に正式にグローブを置いた。
引退後のハットンは、プロモーター、トレーナー、そして解説者としてボクシング界に貢献。
また、自身の息子キャンベル・ハットンのプロキャリア(16戦)をサポートし、リングの外でも“父”として指導者としてその存在感を示した。
ハットンの遺族には、息子キャンベル、娘のミリーとファーン・ハットン、孫娘ライラ、そして両親のキャロルとレイがいる。
さらに、元世界タイトル挑戦者でもある弟マシュー・ハットンもいる。
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