2024年が終わりに近づく中、
ベン・ウィテカーは、自分が現実感覚を失いかけていたことを、今では隠そうともしていない。
五輪銀メダリストであるウィテカーの評価は、その年10月に行われた
リアム・キャメロンとの物議を醸した初戦によって大きく傷ついた。試合後、キャメロンは彼を“逃げ腰の男”を意味する『ベン・クィッテカー(Ben Quittaker)』と揶揄し、そのあだ名は次第に定着し始めていた。
両者はリヤド郊外、キングダム・アリーナのリング中央で、予想外に拮抗した5ラウンドを終えた直後、トップロープ越しに場外へともつれ落ちた。本来であれば、ウィテカーはシェフィールドの“シンデレラマン”ことキャメロンを比較的容易に退けると見られていたが、10回戦が進むにつれ、むしろ崩壊寸前にも見える状況に陥っていた。
第5ラウンド終了間際、ウィテカーは相手もろともロープ外へと引きずり出すような形となり、その際に負った負傷のため第6ラウンドに姿を現すことができなかった。無敗のライトヘビー級新鋭として期待されていた存在は、突如として再建を必要とする立場に追い込まれたのである。
その夜、
DAZNの業務でリヤドの会場にいたのがアンディ・リーであった。彼は即座に「助けを必要としているファイター」の存在を見抜き、最終的にダブリンを拠点とするこの名トレーナーは、28歳のウィテカーに自ら連絡を取ることを決意した。
「あの頃はいろいろな人が突然、表に出てきた」とウィテカーは当時を曖昧に振り返る。「『ベンはこうだ』『いや、ああだ』と、好き勝手に言われた。
でもアンディのような人物の時間をもらえるというのは、今の彼にとって本当に貴重なことだ。皆が彼のもとに行ってトレーニングをしたがっている中で、実際に彼の方からメッセージをくれた。
『ベン、今いろいろ大変だと思うが、アイルランドにおいで。君には才能がある。扉は開いている』と言ってくれた。その時、これは掴むしかない機会だと思った」
それまでのウィテカーのプロキャリア最初の2年間は、2人の異なるトレーナーとともに過ごしていた。最初はアンディ・リーの親友で元師匠でもあるシュガー・ヒル・スチュワード、続いてはゴッドファーザーであり、そもそもボクシングの世界へ導いた人物であるジョビー・クレイトンであった。しかし、どちらの体制もうまくは機能しなかった。
特にクレイトンについて、ウィテカーは次のように説明している。
「今でも連絡は取っているし、彼は僕のゴッドファーザーだ。ボクシングを始めた頃から一緒だった。最初にグローブを与えてくれたのも彼だし、そういう部分への敬意は今も変わらない。ただ、ボクシングは本質的に“自己中心的”な競技でもある。もし自分がさらに上に行ける機会があるなら、そこへ行くべきだと思っている。彼は僕をある地点まで、しかも素晴らしい地点まで導いてくれた。五輪のメダルだってそうだ。ただ、次のレベルへ行くには、プロとして世界王者になり、優れた陣容を築いた人物のもとで学ぶ必要があると感じた」
だが、ウィテカーが最大限の力を発揮できずにもがいていたのは、ボクシング技術の問題だけではなかった。五輪銀メダルを手にしてプロへ転向した国内屈指の有望株として、彼は一気に脚光を浴びる存在となった。リング内での派手な振る舞いやショーマンシップも相まって、好意的であれ否定的であれ、否応なく注目を集める存在となった。
「すべてが一度に押し寄せてきたような状況だった」とウィテカーは語る。「金、名声、ライト、カメラ……正直言って、ちょっと処理しきれなかった。
以前は母のためにアズダ(スーパー)へ牛乳を買いに行くことも普通にできていたが、今では店に入るだけで人に囲まれる。『これは異常だ』と感じたし、その渦の中で自分を見失っていった。それが最初のキャメロン戦で起きたことだと思う。リヤドに行って、買い物をして、浮かれた状態だった。でもその出来事が、僕を現実へと引き戻してくれた。今は、ああいう場所からダブリンのように、誰も僕のことを知らない場所へ来ている」
インスタグラム上でのやり取りを経て、ウィテカーとリーは3月に正式に合流し、4月のキャメロンとの再戦に向けて最初のキャンプをスタートさせた。10月にはあれほど苦戦したにもかかわらず、4月の再戦では
キャメロンを2ラウンドで粉砕した。
「この新しい体制は本当に気に入っている。自分をもう一度“オン”の状態に戻してくれたからだ」とウィテカーは言う。「再戦で、どれだけ真剣に取り組めば、どんな結果を出せるのかを証明できた」
ウィテカーはプロ転向以来、BOXXERとともに歩んできたが、今回の離脱により、BBCで試合を行うことはなくなった。その代わり、彼はDAZNの国内外における中核的存在になる準備が整っていると確信している。
「イングランドで戦うのは大好きだ。ここには最高のファンがいる。いろいろ言われることも多いが、それも含めて楽しんでいる」と彼は言う。
「でもアメリカにも良いファンベースがあるし、不思議なことに、日本やブラジルにも大きな支持層がある。エディ(ハーン)は、普通では行けないような国や場所へも僕を連れて行ってくれる。それは大きな発見だった。アメリカや他の国々にも挑戦できる。英国で戦うのも素晴らしいが、別の場所へ行ける機会があるなら、ずっとここだけでは少し退屈になってしまうだろう。
幸いにも、SNSではフォロワーがどの国から来ているかが分かる。WBO世界王者にもなった元ファイター、ポポ(アセリーノ・フレイタス)が僕の投稿をインスタに載せたら、ものすごい反響になった。冗談半分でビニシウス・ジュニオールのユニフォームを着て投稿したら、みんな僕をブラジル人だと思い込んでしまった。『ああ、また始まったな』という感じだ」
十分な戦績と豊富な経験を誇るガヴァジ(19勝1敗、13KO)であるが、土曜の試合では明確なアンダードッグとしての立場に置かれている。ウィテカーとリーのコンビは、実り多い関係になると広く予想されているが、それは何よりも、2024年後半の苦悩を経て、28歳の“サージャン”が精神的に立て直されたからに他ならない。
キャメロンは、自身の側から見ても、2連戦によって多くのものを得たとして、
ウィテカーを今も特別な存在として心に留めている。一方のウィテカーにとっても、そのライバル関係が与えた影響は極めて大きく、そこに遺恨は一切残っていない。
「勝った後、意地悪なことを書いたり、投稿したりすることもできたと思う」と彼は言う。「でも実際には、インスタグラムのダイレクトメッセージで個人的に話し合った。『いつでもスパーリングに来たければ歓迎する』と伝えた。
僕は人を傷つけるタイプの人間ではないし、あの時期は確かにつらかったが、結果的にファイターとして成長させてくれた。あの出来事がなかったとしても、いずれ別の形で壁にぶつかり、もっと大きな怪我をしていたかもしれない。あの小さな“つまずき”が、ボクシングは本気の世界であり、決して遊び半分ではいられないということを教えてくれた」