ロンドン(イングランド)発 —
フレイザー・クラークは、世界でも数少ない
「オレクサンドル・ウシクとダニエル・デュボアの両方とリングを共有した経験を持つ人物」として、ウェンブリー・スタジアムでのウシクによるデュボア粉砕劇を特別な視点で見ていた。
昨年、
ファビオ・ウォードリーに初回で敗れたことでタイトル戦線から一歩後退したものの、33歳のクラークは「戦略的に2〜3勝できれば、ウシクが保持する4本のベルトのいずれかへの挑戦権に近づける」と信じている。
しかし、“ビッグ・フレイズ”は率直かつ現実的な性格であり、イングランドのナショナルスタジアムで行われた先週末の4団体統一戦の主役2人とのスパーリングを思い出しては、笑いながらこう語った――。
ダニエル・デュボアと同様、バートン出身のフレイザー・クラークも身長6フィート6インチ(約198cm)の巨漢ヘビー級で、基本に忠実な教科書通りのボクシングスタイルを持つ。したがって、ウシク陣営が再戦に向けたスパーリング相手として彼に声をかけたのも、驚きではなかった。
しかし残念ながら、クラークはわずか1日でキャンプを離脱することになる。というのも、当時妊娠後期だったパートナーに異変があり、すぐに帰国を余儀なくされたのだ。幸いにも母子ともに無事で、現在は元気に過ごしているが、当時は深刻な状況に見えたという。
「向こうに着いた時に、うちの奥さんに異変が起きて、2週間早く出産しそうだったんだ」とクラークは『ザ・リング』誌に語る。
「だから結局1日しかいられなくて、『悪いけど、赤ちゃんが生まれそうだから帰らなきゃ』って伝えたんだよ。
めちゃくちゃだったけど、ウシクとのスパーリングを1回だけやることができて、それだけでも本当に嬉しかった。誇張された噂とかじゃなくて、**実際の彼の実力をこの目で確かめられたんだ**。」
「彼は驚異的な人物であり、同時に優れたアスリートでありボクサーでもある。38歳にしてあれだけのコンディションを保っているなんて、本当に信じられないよ」とクラークは語る。
「スパーリングには僕を含めて4人が呼ばれていて、それぞれ3ラウンドずつやったんだけど、正直その3ラウンドが6ラウンドに感じるほどハードだった。僕が最初にリングに入ったんだけど、ゴングが鳴った瞬間からウシクが作り出したあのペースを、彼はスパーの最後までずっと保っていた。あれには本当に感心したよ。」
クラークがこれまでスパーリングを経験してきた相手は、まさにヘビー級の“Who's Who”といえる面々だ。たとえば、昨年ウォードリーとの壮絶な12回戦ドローの数週間後には、ドイツに渡って
アギット・カバイェルともスパーを行っている。
だが、今回が2階級統一ヘビー級王者であり、おそらく歴代最強候補のひとりであるウシクとの初スパーだった。
「ウシクは本当にプロフェッショナルな男だよ」とクラークは続ける。「彼はミスをしない。それが、実際の試合を見ていて一番印象に残ったことだった。」
「人はよく、ウシクのフットワークが魔法のようだとか、“あれもこれも凄い”って言うけど、実際によく見てみると、彼は基本をやっているだけなんだ。ただしその基本を、10点満点中15点のレベルでやっているんだよ。」
だからこそ、クラークにとってウシクがデュボアを圧倒的な形で倒したことは驚きではなかった。一方で、クラークは**デュボアが持つ一撃で試合を変えるパワー**についても、誰よりもよく理解している。
ウェンブリーではそのパワーを発揮できなかったが、実はクラークとの初めてのスパーリングで、GB(イギリス代表拠点)にいたときに一発見舞ったことがある**という。
「正直に言うけどね」とクラークは語る。「全く恥じることじゃないよ。
彼がジムにやってきた日のことを今でも覚えてる。大きくて、静かな若者だった。今ほど体格は大きくなかったけど、それでも全身が筋肉の塊だった。
スパーでリングに入ったんだけど……突然、すべてがスローモーションになったんだ。まるで昨日のことのように覚えてるよ。バンッ。あの左フックを食らって、気づいたら尻もちをついて座っていたんだ。」
「尻もちをついたまま『なんてこった』と思ったよ」とクラークは振り返る。
「当時、俺は2016年のオリンピックに向けて準備していて、
ジョー・ジョイスという大きな壁がすでに立ちはだかってた。なのに、今度はこの若造(ダニエル・デュボア)までやってきて俺を倒すんだからな。
でも、その後もスパーは続けて、俺とダン(デュボア)は何年にもわたって良い練習ができた。あの瞬間からずっと分かってたよ。デュボアとリングに入る時は、準備が不十分ならダメだ。なぜなら、そうなったら奴は確実に相手を眠らせるからな。
そして、ウシクが素晴らしいのはその“規律”だよ。例えば、デュボアが右を打ち込んだ場面で、もしウシクのディフェンスがほんの少しでも緩んでて、グローブが2インチ下がっていたら――今ごろ、“ウシクがノックアウトされた”というまったく別の話をしていただろうね。」
今回の敗北により、27歳のダニエル・デュボアの戦績は22勝3敗(21KO)となり、一部では彼がもうリングに戻らないのではないかという声も上がっている。たとえば、同じ英国人ヘビー級の
デイブ・アレンは「今が引き際かもしれない」とコメントした。
だが、クラークはそうは思っていない。
「ダニエルはまだ27歳だ。まだまだ時間はあるし、100%戻ってくると思う**よ。彼はまさに“ボクシングの中で育ってきた”男で、これ以外の人生を知らないと思うからね。」
同じことはクラークにも言える。彼は11歳でボクシングを始めて以来、すでに20年以上この競技とともに生きている。だからこそ、ファビオ・ウォードリー戦での過酷な敗北や、試合で負ったケガがあったとしても、彼がボクシングから離れる理由にはならなかった。
それどころか、クラークは
4月にエベネザー・テテを初回TKOで下して復帰を果たしている。そして今、彼は次戦で3度目の英国ヘビー級王座挑戦のチャンスを手にすることがほぼ確実となっている――ただし、対戦相手についてはまだ不確定要素が残っている。
「今の自分のキャリアを見れば、次が自然なステップだと思う」と語るクラーク(現在9勝1敗1分、7KO)。
「別に“自分がそのレベルを超えている”とは言わないよ。でも、現時点で自分が立っているのはその場所だと思うんだ。まずは英国タイトルをかけて戦えるべきだし、その試合でどんなパフォーマンスを出せるかで再評価されるべきだと思ってる。
そのときになって初めて、自分が“大きな飛躍”を遂げられるのかどうかが見えてくる。ビッグネームと戦えるかどうか、それはブリティッシュタイトルを獲ることで見えてくるんだ。英国王者から、一気にリヤドでのビッグファイトに進むなんてことも、今の時代ならあり得る。
自分の立ち位置はちゃんと理解してるつもりさ。でも同時に、この競技の世界では、今から数試合勝てば、またすぐ上に戻れるってことも分かってる。ブリティッシュタイトルを獲って、その次の試合で世界ランキングトップ10入りなんてことも、普通に起こり得る。それが今のボクシング界の現実だよ。
ウシクがどうトレーニングしてるか、目の前で見てきたし、ダニエル(・デュボア)とも何ラウンドもスパーしてきた。そんな経験があっても“トップに行く準備ができてない”って言うなら、それこそ意味が分からないだろう?」