リヤドで行われた第10ラウンドの残り約30秒、
アブドゥラ・メイソンは
サム・ノークスを仕留めるべく、一段と攻勢を強め始めた。
しかし、最終的に空位のWBOライト級王座を判定で獲得することになるメイソンがKOを狙っていたその瞬間、ノークスは別の世界にいた。
「はっきり覚えているんだ」とノークスは
『ザ・リング・マガジン』に語る。
「ボディを打たれて、もう一度あそこを打たれたくなくて腕を下げたんだ。でも、そしたら左フックを頭に打ち込まれて、『うわ、痛ぇ』って思ったよ。
だから一瞬リングの床を見つめて、『ああ、あそこ気持ちよさそうだな。ちょっと座っちゃおうかな』なんて思ったんだ。リング上ではいろんなことが頭をよぎるもんだよ。
本当にスローモーションみたいだった。周りではすべてが高速で動いているのに、俺だけキャンバスを見つめて、『どうする? 行っちゃう? あそこ気持ちよさそうだな』なんて考えていた。でも結局やらなかったし、やらなくて本当に良かったと思う。
今思えば、頭の中で何考えてるんだって感じだよ。コーナーに戻って座った記憶すらないし、アル(・スミス)が俺に何か言ってたのも覚えてない。でも『これ痛いな。ちょっと昼寝しようかな』とは思った。」
ノークス(17勝1敗、15KO)は、英国で人気を得てきた素朴で率直な語り口のままに話す。そして今回の
奮闘によって、評価の高いメイソン相手に敗れながらも、米国で新たなファンを一気に獲得することとなった。今でこそ笑って話せるが、若き対戦者から受けた肉体的ダメージが薄れつつある一方、プロ初黒星の精神的な痛みはいまだに消えていない。
試合後数日間、ノークスは次のステップについて深く考える気にはなれなかった。コーヒーショップで働く生活に落ち着こうか、などと冗談めかして語ったほどだ。しかし、プロ初黒星の"ほこり"がほぼ収まりつつある今、ノークスは2026年に目を向けられるようになった。
「負ける前に、もし負けたらどう感じるか考えた時は、『世界の終わりだ』みたいに思っていたんだよ」とノークスは語る。「本当に最悪だよね。
控え室に戻る時も、その空気は感じるんだ。『ああ、負けちゃったな』って。誰かが亡くなったみたいな雰囲気で、誰も何も言わないけど、みんな少しだけ気まずそうな目を向けてくる。
でも、結局これはボクシングなんだ。子どもじゃないし、リスクは分かっている。でも勝った時の見返りはとんでもなく大きかったし、全力を尽くした。僅差の敗戦というだけじゃなくて、将来とんでもない選手になる相手に負けたわけだし、誰かが負けるしかないんだよ。今回はたまたま俺だっただけだ。」
今回の敗北は、兄であり同じくプロボクサーのショーン(11勝0敗、5KO)を含むノークス一家全体にとっても、初めて経験する“家族の敗戦”だった。第3ラウンドでの大きなカット(裂傷)もあり、リングを降りた時のノークスの顔は戦いの痕跡をはっきりと残していた。
「家族にはあまり楽しくなかったと思うよ」と彼は言う。「俺の甥っ子なんてまだ10歳で、『嫌だった』と言ってたし、姪は寝ちゃったよ。
リングに上がった時、母さんと姉さんがどこに座っているか分かっていたから、『大丈夫だよ』って合図するためにちゃんと頷いておいた。兄のショーンはボクサーだから事情は全部分かっているけどね。
でも親父は、病院から出てきた時ちょっと胸が詰まってたみたいだよ。俺の顔が腫れぼったくてボコボコだったからね。やられる側になると、ボクシングって本当に荒っぽい世界なんだよ。家族は心配したけど、病院から帰ってきたらみんな安心して、すぐに腫れた俺の顔を見て笑いながら『お前ブサイクになったな』ってイジり始めたよ。」
では、ノークスの今後はどうなるのか。メイドストーン出身のパンチャーである彼は、デビューから13戦連続KO勝ちという派手な成績を残してきたが、その内容は決して均一ではなかった。レベルが上がるにつれてKO連勝は止まったが、敗戦を経ても彼の評価はむしろ以前より高まっていると言える。
「今は負けた気分は全然よくないよ」とノークスは語る。「でもクリスマスは家族とゆっくり過ごして、年明けからまた動き始めるよ。
負けがついたから、ただの“負け犬”だけど、それ以外は大丈夫。経験は増えたし、前より強くなった気さえする。もう一度トップに戻って、世界チャンピオンになって引退するつもりだ。
アマチュア時代みたいに、いつも競争の中にいると『あれが欲しい』『金が欲しい』『車が欲しい』って強いハングリー精神があった。でもプロでは試合が一方的になることも多くて、その感覚を少し忘れていたんだ。
でも今回思い出した。俺の中にまだあの“ハングリーな奴”がいるって分かったんだ。負けて悔しいけど、タフな状況でも俺は逃げないし、ちゃんと戦えるんだって分かったよ。」