マーカス・ブラウンは、再出発の時を迎えている。34歳のプロボクサーがキャリアを再開するとなれば、本来ならば「注意書き」が必要な状況かもしれないが、スタテンアイランド出身の彼は決して間違った理由でリングに戻ってきたわけではない。
3人の子を持つ父であり、元オリンピアン、元WBAライトヘビー級暫定王者であるブラウンは、数々のビッグファイトを経験し、長年PBCとの関係を築いてきたことで相応の報酬も得てきた。そして、その資金を活用し、三州地域(ニューヨーク・ニュージャージー・コネチカット)で改装会社「Kitchen & Flooring Gallery」を設立。ビジネスも順調に運営している。
だが、ブラウン(25勝2敗、16KO)の中には、まだ「やり残した仕事」が残っている。
「準備は万端だ。闘いたいんだ」と語るブラウン。6月28日、カナダ・ケベック州ラヴァルのプレイス・ベルで、オランレワジュ・ドゥロドラ(50勝10敗、44KO)との試合で、約2年ぶりのリング復帰を果たす。
カナダ?
「ニューエラ・スポーツと契約したんだけど、彼らの本拠地はカナダなんだ。
ジャン・パスカルも彼らと契約してるし、もうやるしかなかった。今の俺にとって地球全体が戦場さ。ドイツでもパキスタンでも、必要なら行ってたよ」
つまり、行き先はグレート・ホワイト・ノース(カナダ)というわけだ。フランス語の勉強はしているのか?
「ウィウィ(Oui oui)」とフランス語で彼は笑う。ニューヨーカーとは思えないほど発音も悪くない。だが冗談はさておき、同日開催されるWBCクルーザー級暫定王座決定戦でパスカルが出場することもあり、2019年8月の激闘の再戦への舞台が整いつつある。当時、ブラウンはパスカルに2度ダウンを奪われ、3者とも1ポイント差の判定でテクニカル判定負けを喫した。
暫定王座であれ、ブラウンは新階級での世界王座を目指している。
「まさにそのためにここにいる。クルーザー級には猛者が何人かいるけど、俺自身もその一人だと思ってる。正直、みんな何か懸かっていないと俺とは闘いたがらない。だから、価値ある存在になるためにもタイトルを手に入れるべく上を目指していく」
再び階段を上ることに抵抗はなく、むしろそれがかつてライトヘビー級でパスカルや
バドゥ・ジャック、
アルトゥール・ベテルビエフと拳を交えていた頃のような飢えを呼び覚ましているようだ。
6年前のバドゥ・ジャック戦では、自身最大の勝利を挙げたが、2021年12月のベテルビエフ戦で9ラウンドTKO負けを喫し、キャリアは停滞。その後は2023年8月にクルーザー級デビュー戦としてエイドリアン・テイラーに判定勝ちしたものの、それを最後にまた長期離脱を強いられた。
「本当は休みなんて必要なかったし、取りたくもなかった。ただ、ボクシング界ってのはそんなもんだよ。プロモーターがいないと特にね。でも恋しかった。リングに立つことも、ジムで毎日仲間と練習することも、スパーリングで磨きをかけていく感覚も、ゲームプランを練るのも、全部が恋しかった」
「何人かと試合の話が来たけど、全部“やる”って答えたのに何も実現しなかった。だから今回もまたダメかと思ったけど、ついに実現したんだ。嬉しいよ」
短期間だけテキサスでデリック・ジェームズとトレーニングを行ったのち、現在はスタテンアイランドに戻り、ゲイリー・スターク・シニアとシェリフ・ユーナンの元で調整を進めている。
「クラシックなやり方だよ」と語る彼が、復帰を決意した本当の理由はこうだ。
「ボクシングは俺の初恋なんだ」
初恋を忘れられない──まさに今のブラウンの心境だ。こうした復帰劇は失敗に終わるケースが多いが、ブラウンはまだ十分若く、クルーザー級は他の階級ほど層が厚くないため、大きな試合への道も開けている。さらに、かつての階級より11キロも重いクルーザー級に転向したことで、母の家庭料理も思い切って楽しめるようになった。
「まさにその通りだよ」と彼は笑う。「ライトヘビーの時は、ちょっと栄養不足気味だった。でも今は、本当に100%の力を感じているし、体重を落とすことや、それによって自分を追い込むような悪影響とも闘っている感じはしない。だからといって、好きなものを好きなだけ食べているわけじゃない。結局のところ、今でも厳しい食事制限の中にいる。でも、全体的に気分がいいし、コンディションもいい。体も以前より強くなったと感じてる」
どれだけ強くなったのか?スーパーマン並だと彼は言う。
「しばらくの間、スーパーマンの力を失ったような気分だった」と彼は語る。「でも今は違う。その感覚を取り戻した」「ボクシングってのは、特別な感覚をくれる。まるで超能力を持っているような、自分が世界の頂点にいるような感覚。俺はその自分を恋しく思ってたんだ。子どもたちにとっても、ただの“普通の父親”に見えてしまうのは寂しい。俺は、決して“普通”なんかじゃない」