ボクシングという競技は、他のどんなスポーツよりも「直近の印象」に左右されやすい。
長期のブランク、ケガ、そして不運の連続により、多くの人々の目には
リー・マクレガーの全盛期はすでに過去のものとして映っていた。かつては「将来の世界王者間違いなし」とまで言われた男は、いつしか記憶の片隅に追いやられていた。
昨年12月、元英国・コモンウェルス・欧州バンタム級王者のリー・マクレガーは、久々に大きな舞台に返り咲いた。対戦相手はタフな実力者アイザック・ロウ。試合は、サウジアラビア・リヤドで行われたオレクサンドル・ウシク対タイソン・フューリーの世界ヘビー級統一戦およびリング誌認定タイトルマッチのアンダーカードとして組まれた。
マクレガーは常に、自分がどれほどの力を持っているかを理解していた。メディア対応が続いた長い一週間の間も笑顔を絶やさず、「プレッシャーはロウのほうにある」と繰り返していたが、心の内には自分自身に対する期待という重圧がのしかかっていた。
マクレガーは試合の雰囲気にも、ラウンドの進行にも順応し、時間が経つごとに動きは冴えわたっていった。
彼は一致の判定勝利を収め、キャリアがついに再び軌道に乗ったという確かな手応えを手にしてリヤドを後にした。
今週末、リー・マクレガー(15勝1敗1分、11KO)はさらなる前進を誓い、
地元スコットランドでのリングに戻ってくる。舞台はグラスゴーのOVOハイドロ・アリーナ。相手は無敗のスコットランド人ライバル、ナサニエル・コリンズ(16勝0敗、7KO)だ。
「大きな舞台で、大きな試合だった。プレッシャーがかかっていたのは見てわかったと思うけど、自分が何をすべきかは分かっていた」とマクレガーは
『ザ・リング・マガジン』に語った。
「必要なことはすべてやったけど、自分の本来の力からすればまだまだ遠い。ほんの少し、表面をなぞった程度だよ。ああいう大舞台に立つのは本当に久しぶりだったから、いろんなものに対応するのは簡単じゃなかった。でも勝てた。やるべきことはやったし、ここからさらに積み上げていくだけだ。」
「俺はプレッシャーファイターとして知られている。スタミナがあることで知られている。接近戦で腰を据えて手数を出して、打ち合うスタイルが持ち味なんだ。そして今、またそこに戻ってきている。でも今回は、しばらく誰にも見せていなかったスキルもしっかり披露できたと思うよ。」
「試合勘を取り戻せたのは良かったし、あの試合以降、トレーニングでもスパーリングでもすべての面で自分らしさが戻ってきているのを感じている。自分のベストな状態に、また確実に近づいていると思ってる。」
マクレガーは、英国・コモンウェルス・欧州の三冠タイトルを史上最速(プロ10戦目)で獲得した英国人ボクサーとしてその名を刻んだ。その偉業の裏で、彼はわずか16か月の間に4人の近親者を亡くすという深い悲しみと向き合いながら戦っていた。
ボクシングはマクレガーにとって、心を向けるべきものを与えてくれた存在だった。そして彼は劇的なスピードで階段を駆け上がっていったが、やがてその勢いが落ち着くのはある意味で必然だったのかもしれない。
2021年末、マクレガーはデレク・チソラ対ジョセフ・パーカー戦のアンダーカードという注目の舞台から、父親がトラックにはねられて重傷を負ったことで出場辞退を余儀なくされた。その後ようやくリングに復帰したが、アルゼンチンのディエゴ・ルイスとの試合ではフラストレーションの残る引き分けに終わり、勢いを失ったかに見えた。
さらにその年の後半には、メキシコのエリック・アヤラ・ロブレスとの激しい12ラウンドの打ち合いでプロ初黒星を喫し、無敗記録に終止符が打たれた。
この敗戦を機に、彼のキャリアは暗闇の中へと放り出されることとなった。
ちょうど一年前のこの時期、マクレガーはグラスゴーのホテルでホルヘ・モヤに地味な勝利を挙げたばかりで、自分のキャリアがどこへ向かうのかを模索していた。それが今週土曜の夜には、市内最大の会場で満員の観客を前に戦う舞台へと変わった。
「信じられないよ。去年の自分を思い返すと、ほんとに不思議な気分になる。でもだからこそ、浮かれすぎないようにしてる。すべてが一瞬で崩れる可能性があるってわかってるから。落ち着いて、自分のペースで受け止めてるんだ」と彼は語った。
「これまでの経験から、舞台の大きさに振り回される必要はないってことが分かってる。トレーニングをやり過ぎたり、気持ちが先走って試合前に燃え尽きたりする必要もない。すべてをどうコントロールすればいいか、もう分かってるんだ。今は、いい流れに浮かれてそれが逆に自分の足を引っ張るようなことはしない。だからこそ、今回も他の試合と同じように捉えてるよ。」
ボクシングにおいて最も重要なのは“タイミング”だと言われるが、この6か月間で、28歳のマクレガーにとってようやく物事がかみ合い始めたように見える。
ロウに勝利して再びタイトル戦線に返り咲いたわずか数週間後、友人であり元スーパーライト級4団体統一王者のジョシュ・テイラーがクイーンズベリー・プロモーションズと契約を結び、同プロモーションがスコットランドでのビッグイベント開催に動き出す理由が生まれた。
そして今、マクレガーにとって自然なライバルも現れた。元アマチュア時代のチームメイト、ナサニエル・コリンズが重傷から復帰し、自身にとっても大一番となる試合に臨もうとしている。
ロウに勝ったことは確かな前進だったが、無敗のコリンズを破ることができれば、マクレガーはここ数年で失った立場を大きく取り戻すことになるだろう。
「何百ラウンドもスパーリングしてきたよ」とマクレガーは振り返る。「本当にたくさんのラウンドを重ねてきたから、お互いのことはよく分かってるし、どんな試合になるかも分かってると思う。お互いにとって厳しい試合になるっていうリスペクトがあるからこそ、どちらも万全の準備が必要だって分かってるんだ。」
マクレガーとコリンズは互いの手の内を知り尽くしているが、この1年間で二人の立場や力関係は確実に変化した。
マクレガーが存在感を保つために必死にもがいていた一方で、コリンズは英国・コモンウェルスのフェザー級王座を獲得し、世界ランキングでも台頭。真のコンテンダーとして頭角を現していた。
しかし昨年5月、28歳のコリンズ自身も深刻な危機に直面することになる。
イタリアのフランチェスコ・グランデッリとの試合で鼻の骨折を押して勝利を収めた数日後、コリンズは腸のねじれによる緊急搬送を受け、命を救うための手術を受けることとなった。
抜群のフィジカルを誇るコリンズは、その後1年間をかけて健康を取り戻し、8回戦で1勝を挙げて復帰を果たしたが、復調したマクレガーとの対戦は真の試練となる。
「そのこと(コリンズの過去の体調不良)については考えたくない。自分はベストな状態のナサニエルに備えて準備するだけだ」とマクレガーは語った。
「彼もいろんなことを乗り越えてきた。それは俺のキャリアと同じだと思う。その困難を乗り越えてから、フィジカル面では本当にすごいことをやってきたよね。ウルトラマラソンとかもやってたし、体の回復はかなり順調なんだろうな。」
「彼は若くてフィットしてるから、正直そのこと(体調への不安)は頭にすらよぎらない。でも、再起に向けて体を作り直して、いわゆる“リズムを取り戻すための試合”をしてから、いきなりこういう深くて厳しい試合に入るのは相当な衝撃になるはずだ。俺自身も同じことを経験してきたからわかる。今回は本当に踏ん張りが必要な試合になる。そこで初めて、あの経験が彼に何か影響を残しているのかが分かると思う。」
注目度の高い国内対決は、特有の注目とプレッシャーを伴うものだが、マクレガーは今週、それに立ち向かうための過去の経験を活かすことができる。
2019年、マクレガーは無敗のスコットランド人ライバルカッシュ・ファルークと対戦し、英国・コモンウェルスのバンタム級タイトルをかけたハイプレッシャーな一戦を制し、スプリット判定で勝利を収めた。
今のマクレガーは、これまでに経験してきた栄光と挫折の両方に意味があったことを理解できる地点に立っている。そうした出来事すべてが、現在の彼という人間、そしてファイターを形づくってきたのだと実感している。
「いつでも準備はできてる。常にジムにいるし、ずっとトレーニングしてる。人生のすべてをこの競技に捧げてるんだ」と彼は語る。
「今の自分が持っている経験と知識を、20歳の頃に持っていられたらと思うよ。でも、それは残念ながら不可能なんだ。今の自分になるには、人生でいろんなことを経験する必要がある。
もちろん、まだ年齢的には若いし、こういう話をしてるからといってキャリアの終わりってわけじゃない。だからいいことだと思ってる。多くの人が引退の時期になってからこういうことを感じて、後悔する。でも自分は、これだけの経験を背負いながら、まだ非常にいい立場にいるんだ。」