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ヘッキー・バドラー:敵地での戦い
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Anson Wainwright
Anson Wainwright
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ヘッキー・バドラー:敵地での戦い
「敵地での戦い」は、ボクサーが相手の母国へ乗り込み試合を行うという体験を、自らの言葉で振り返る不定期企画である。


田口良一



2018年5月20日/東京・大田区総合体育館 懸けられたタイトル:『The Ring』誌、IBF、WBA ジュニアフライ級

元WBAミニマム級王者のヘッキー・バドラーは、2017年9月、フィリピンでIBFライトフライ級王者ミラン・メリンドと対戦し、12回スプリット・ディシジョンで敗れていた。

バドラーとトレーナーのコリン・ネイサンは、再び世界タイトルに挑戦する機会を得ることを強く望んでいた。

「IBFは再戦を認めてくれると言っていたが、メリンドはすでに[WBA王者の田口良一]との試合契約を結んでいて、その勝者と自分たちが戦うという話だった」と、バドラーは『ザ・リング・マガジン』に語っている。

その後、田口はメリンドを圧倒し、12回ユナニマス・ディシジョンで勝利。IBFとWBAの王座統一を果たすとともに、空位だったザ・リング誌王座も獲得した。

一方的な内容だったその試合を見て、バドラーは不安を覚えたという。

「コリンに『本当に勝てると思うか? この男は、俺が勝ったと思ったけど負けた相手を完全に破壊したんだ』と聞いた。すると彼は『お前のスタイル、動きなら勝てる』と言った。自分はコリンの言うことをすべて信じていた。いつも彼を信頼していたし、その言葉に身を委ねていた」

19対1のアンダードッグと見られていたバドラーは、ヨハネスブルグにあるネイサンのホットボックス・ジムでキャンプを張り、その後エコノミークラスでドバイを経由し、東京へと向かった。

「自分はあまりに小さいから、貨物室に入れてもらってもよかったくらいだよ!」と、彼は笑いながら振り返る。

時差ボケに悩まされたバドラーは、滞在したホテルの部屋で閉塞感を覚えた。

「部屋が本当に狭くて、端から端まで4歩くらいだったと思う。自分は小柄なのに、バスタブですら座れないほど小さかった」

また、日本の文化は南アフリカとはまったく異なるものだったという。

「南アフリカでは、通りを走っていると人が手を振ってくれるし、こちらも振り返す。でも日本では、手を振ってもみんな下を向いたままだった。目を合わせようとしないんだ。あとで知ったが、挨拶の際に目を合わせないのは敬意の表れだと分かった。本当に申し訳ない気持ちになった」

食事の違いにも苦労し、その場しのぎの工夫を強いられた。

「ホテルに卵をゆでてもらえないか聞いたら、できないと言われた。半熟卵しか出せないらしい。でも自分は半熟は食べられない。固ゆでじゃないと無理なんだ。だから近くの小さな店で卵を買って、ポットでゆでていた」

両者は記者会見で初めて顔を合わせ、バドラーは懸けられる世界タイトルのベルトをその目で初めて目にした。




「プロになる前から、コリンや両親、話を聞いてくれる人みんなに言ってきた。『The Ring誌のベルトを獲りたい』と」と、彼は語る。

「自分にとって、あのベルトを獲るということは、その階級でナンバーワンになることを意味していた。自分が“その男”になるということだ。手の届く距離にあった。見えていた」

計量前夜、バドラーとネイサンは、まだ落とす必要がある体重がないかを確認しようとした。

「ドアを開けたら、相手がサウナスーツを着て縄跳びをしているのが見えた。こちらがジュースを一口飲んだ瞬間、相手のトレーナーたちが走ってきて、ここは使えないと追い出された。『すみません』と言って出たよ。

彼がまだ体重を作れていないこと、そして彼自身も、自分がすでに体重をクリアしていると分かったはずだ。すべては心理戦だ。小さな勝利だった」

最終的に、両者とも108ポンドの制限体重を問題なくクリアした。

試合当日、会場の運営は万全で、何のトラブルもなく進行した。

「自分が入場したときは控えめな拍手で、彼のときはもう少し大きな拍手だった。彼は地元の選手だからね。でも、とても礼儀正しかった」と、バドラーは語る。

「日本では挑戦者が後に入場する。ほかの国では王者が後なのに、それが不思議だった」

序盤の攻防について、バドラーは手応えを感じていた。

「1ラウンドが終わった時点で調子は良かった。パンチがよく見えていたし、読み取れていた。相手のパワーも感じなかった。ラウンドを取っている感覚があり、動きで上回り、速いパンチを当て、相手に空振りさせていた。試合が進むにつれて接戦にはなったが、それでも自分が勝っていると思っていた」

中盤には、バドラーにとって幸運な場面もあった。ダウンと取られてもおかしくないシーンが、ダウンとしてカウントされなかったのだ。

「6回か7回だったと思う。自分が左フックを打ち、相手も左を出してきて、それが当たった。自分のパンチは相手のグローブに当たり、相手の一撃で倒された。幸い、レフェリーはダウンを宣告しなかった。立ち上がって『大丈夫だ』と言うと、レフェリーも『ダウンではない』と言って試合が続いた。数えてほしくはなかったが、本当はダウンだったと思う」

12回を終え、勝敗は採点に委ねられたが、その前に思わぬ出来事があった。

「プロモーターたちが騒ぎ始め、ダウンと取られなかった場面のリプレイが会場スクリーンに映し出された。レフェリーは自分が打たれたのを見ていて、次の瞬間、スコアが自分に10―9だったものから、相手に10―8へと変えられた。これは大きな出来事だった。

コリンをつかんで『どう思う?』と聞いたが、彼は『ヘッキー、分からない』と言った」

バドラーは、最悪の結果を恐れつつ、最善を願いながら採点結果を待った。

「名前を言わずに点数だけが読み上げられていき、負けたと思った。そして『そして、新王者――』と告げられた。3人全員のジャッジで1ポイント差ながら、勝っていたんだ」

「結婚して子どもが生まれたことを除けば、あれ以上の瞬間はない。ベルトを肩に掛けられたとき、本当に信じられない気持ちだった」

試合後、バドラーとチームはホテルに戻り、静かに過ごしたのち、帰国の途についた。

「エコノミークラスに座り、誰にも自分だと気づかれなかった。帰国すると、空港で妻や何人かの知人、そしてボクシング関係者が祝福してくれた」

質問やコメントは、Anson(elraincoat@live.co.uk)まで送ることができる。X(旧Twitter)では @AnsonWainwr1ght をフォロー可能である。
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