元ミニマム級およびライトフライ級王者の
京口紘人が、本日をもって9年間のプロキャリアに幕を下ろすことを発表した。
31歳の京口は、
でスーツとネクタイ姿でリングに座り、周囲には複数のグローブと引退にふさわしい演出が施された中、ファンに向けて正式に引退を報告した。
「本当にありがとうございました。12歳でボクシングを始めて、世界チャンピオンになるという夢を抱いていました。プロとしてのキャリアは、自分が想像していた以上のものになったと思います。」
この決断は、3月13日にWBO世界フライ級王者
アンソニー・オラスクアガ(9勝1敗6KO)に
12回判定(ユナニマス・デシジョン)で敗れた一戦からおよそ3か月半後に下されたものだ。しかし、そのスピーチの内容からは、京口自身が以前から引退を心に決めていたことがうかがえ、あとはその思いを伝える「正しいタイミング」を見計らっていたかのようだった。
大阪出身で現在は東京を拠点とする京口だが、あの夜の採点に対しては多くの人が「不運な判定負けだった」と感じていた。もしあの試合で王座奪還に成功していれば、現役続行への意欲が湧いたかもしれない。だが、それはもう誰にも分からない。
10分間にわたる引退発表の動画の中で、京口は実は1年前の時点で引退を考えていたことを明かしている。きっかけは、かつて世界戦で下した相手である
ヴィンス・パラスに、2024年5月に韓国で行われた10回戦で判定負けを喫し、6年前の雪辱を果たされたことだった。
ケガや体の故障によって引退を余儀なくされることなく、自らの意志でボクシングを離れることができたことに感謝していると語る京口は、IBFミニマム級王座を獲得したのち、ライトフライ級でWBAおよびRing認定王座を獲得し、4度の防衛に成功している。しかし2022年11月、
寺地拳四朗に敗れ王座から陥落した。
2023年には無名の相手に2連勝を収めたものの、その後は自信を揺るがす時期を迎えることとなる。フィリピンのヴィンス・パラスとの再戦で番狂わせの判定負けを喫し、心の中に迷いが生まれたのだ。しかし5か月後、再びパラスと対戦し、10回戦をマジョリティ・デシジョンで制してリベンジを果たす。そして、もう一度頂点を目指してオラスクアガ戦に挑んだが、結果は実らなかった。