自宅で静かに座りながら、Most Valuable Promotions(MVP)から届いた契約書の提案をスクロールしていたエリー・スコトニーの胸は高鳴っていた。
27歳の彼女は、報酬、試合日程、保証といった様々な内容に目を通すうちに、少しずつ肩の荷が下りていくのを感じていた――だが、彼女がこれを最後の契約にしたいと願うその書類の1ページ目に書かれていた、ある“数字”ではない言葉こそが、何よりも彼女を幸せにした。
「価値ある」
「まるで自分で書いた物語に、彼らがさらにいくつか章を加えてくれたような気分だった」と、WBO・IBF・IBO・リング・マガジンのスーパーバンタム級王者であるエリー・スコトニーは「ザ・リング・マガジン」に語った。
「本当にそういう気持ちだった。感情が波のように押し寄せてきて、たぶん今でもまだちゃんとは実感できてない。こないだ家に帰って、普段はそんなに泣いたりしないんだけど、ふと涙が出てきてさ。『わあ、人生って最高だな』って思ったんだ。」
「今の自分の気持ちと、3~4か月前のあの頃の自分を比べたら、まさに“天と地の差”だよ。」
「いつもなら契約書を見ながら、『ああ、これにこの期間縛られるのか…』って思ってたけど、」
「でも今回の契約書を見たときは、『わあ、自分は守られてるんだ』って思えたんだ。」
「全体として、自分が“何かの一部になれた”っていう感覚があって――こんなの、これまでどこでも感じたことなかった。」
「なんか不思議で…すごく感動的だったよ。」
10戦無敗のスコトニーは、7月11日にMVPとのパートナーシップを本格始動させる。この日、世界で最も有名なアリーナ、マディソン・スクエア・ガーデンで行われる、4団体統一スーパーライト級王者ケイティ・テイラーと、複数階級制覇王者アマンダ・セラノによる第3戦のアンダーカードに登場。WBC王者ヤミレス・メルカドと対戦し、スーパーバンタム級のビッグな王座統一戦に挑む。
これは「やりたいことリスト」を一つ消すだけの一度きりのチャンスではない。これから始まる、何度も「夢みたい」と感じる瞬間の第一章だ。スコトニーは、MVPによる女子ボクシングの新時代において重要な役割を担う存在となる。今後はアメリカを拠点にキャリアを積むことになるが、母国イギリスでの試合も視野に入れた計画が進んでいる。さらに、イベントのメインを飾るチャンスも用意されている。
MVPがストリーミング大手・Netflixと提携していることもあり、世界中のファンがこのカリスマ性あふれるロンドンっ子・スコトニーの存在を知ることになるだろう。
今年1月、ニュージーランドのIBO王者メア・モツに勝利したことで、スコトニーのマッチルームとの契約は終了。プロとして初めて、プロモーターがいない状況に身を置くことになった。
フリーエージェントになるというのは、どのアスリートにとってもワクワクする瞬間だが、同時に非常に現実的で謙虚な気持ちにさせられる時期でもある。自分では「これだけの価値がある」と思っていても、実際に周囲が自分とその実力をどう評価しているのかが、すぐに明らかになるからだ。
統一王者で、The Ringの認定スーパーバンタム級チャンピオンとして、スコトニーはこれ以上ないほど有利な立場でフリーエージェント市場に入った。それでもなお、MVPが強い関心を明確に示してくれたときは、心から安堵したという。
マッチルームには、スコトニーが受けたオファーに対してマッチする権利があったが、行使はせず、彼女はMVPの一員として新たな道を歩むことになった。
スコトニーは、MVPが提示した条件やキャリアプランに満足していたが、何より嬉しかったのは、身近な人間ではない第三者が、自分のこれまでの実績と可能性を正当に評価してくれたという事実だった。
「やっぱり“認められる”ってことが大きいんだよね。誰かと話してて、『うわ、自分って一人の人間としてそれだけの価値があるって思ってもらえてるんだ』って感じられる。彼らにとって自分は、ただのファイターじゃないんだ」と彼女は語った。
「彼らは“ファイターの裏にいる人間”として自分を見てくれる。そんな世界は初めてで、正直まだ慣れてないよ。」
「結局のところ、自分を立ち直らせてくれたのは、“認めてもらえた”っていう気持ちなんだと思う。もちろん、誰だって金銭面は気になるよ。でも、人が自分をちゃんと見てくれて、価値を認めてくれる――それって、自分には今までなかったことなんだよね。『今までは自分ひとりでやってきたけど、今は自分を支えてくれる人がいる。これからどれだけの力になるんだろう』って思うよ。」
「私はただの“カードの穴埋め”じゃないし、ただの一選手としてそこにいるわけじゃない。彼らにとって私は“魅せる存在”のひとりであって、世界王者にふさわしいスターへと育ててくれるはずなんだ。」
「だから、まったく新しい世界に飛び込んだ気分。新たなスタート――ずっと待ち望んでた瞬間だよ。」
契約が決まるやいなや、スコトニーはキャットフォードのハイストリートでプロモーション映像の撮影に臨み、そのまま飛行機に乗ってニューヨークへ。MVPの共同創設者であるジェイク・ポールとナキサ・ビダリアンに直接会いに行くことになった。
MVPは、今回の契約が単なる“タイトル確保のための力技”ではまったくないことを明確にしている。彼らは、スコトニーという“人間”に対して投資しているのだ。スコトニー自身も、自分がどんなファイターであるかだけでなく、どんな人間なのかをしっかり伝えることが大切だと考え、MVPの一員としてきちんと自己紹介することに重きを置いた。
スコトニーは実力あるファイターであると同時に、イギリス・ボクシング界でも屈指の人気キャラクターのひとりだ。しかし、彼女の本当の魅力や個性は、彼女をよく知る人たちだけにしか伝わっていないのが現状だ。同じようなテンプレートのプロモーション素材に押し込められてきたことで、その個性を活かしきれなかったという大きなチャンスの損失があったのは間違いない。
マッチルームは、わずか10戦でスコトニーを3つの世界タイトルと「リング・マガジン」王座へと導いた。しかし、その偉業にもかかわらず、ボクシング界という限られた世界の外では、彼女の名前や実績を知っている人はごくわずかだ。
一方的な見せ物試合は一度もなく、これまでの試合はすべて厳しい戦いばかりだった。それに加えて、長期間リングから遠ざかる時期も少なくなかった。イギリス国内の他の女子ボクサーたちが次々と積極的に売り出される中、スコトニーは何ヶ月も姿を消し、再び登場すると、またも厳しい試合をアンダーカードで戦うという流れが続いていた。
スコトニーにはプロとしての夢があるが、それと同時に家族を支えるという大きな目標も抱いている。
少し前までは、ボクシングで結果を出せば、それがすべてを語ってくれると思っていた――あるいは、そう願っていた。しかし最近になって、両方の目標を実現するためには、それだけでは足りないということに少しずつ気づき始めている。
スコトニーはこれまで、自分を大きく見せたりするタイプではなかった――時にはそれが損になることもあった。しかし最近では、ポッドキャストや番組に登場する機会が増え、BBCラジオではゲスト解説者としてもすっかりおなじみの存在となっている。声を潜めて言うなら、彼女自身、こうした活動を少しずつ楽しみ始めているのかもしれない。ほんの少しだけど。
MVPは女子ボクシングに大きな投資をしているが、スコトニーが自分自身と新しいチームが信じる高みまで到達するためには、リングの外でも自分自身をしっかりとアピールしていかなければならないことを彼女は理解している。
今回の契約は、まったく新しいファン層に自分を知ってもらうチャンスであるだけでなく、イギリスのボクシングファンに改めて自分という存在を示す機会だとスコトニーは考えている。
「私はずっと、自分の価値は“ファイト”にあると思ってきたし、ファイトは人間性を表すっていつも言ってるんだ」と彼女は語った。
「それはある程度伝わってきたとは思うけど、これからは“本当の自分”をもっと知ってもらえるのが楽しみなんだ。誰かと話すとき、私は相手に『なんだか昔から知ってる気がするな』って思ってもらえるような関係を築きたいと思ってる。もしそれを、1対1の会話だけじゃなく、大きな舞台でたくさんの人たちに届けられるなら、それが今いちばん楽しみにしていることなんだ。」
「大事なのは、“ファイターとしての私”だけじゃなく、“エリーという人間”も知ってもらうこと。彼女もちゃんとそこにいるんだから。でも、その部分がどこかで埋もれてしまってた気がするんだ。」
スコトニーはボクシングとともに生き、呼吸している。しかしこれまでは、自分の努力が報われないのではないかという不安も抱いていた。だが、それはもう過去の話だ。これからは明確なプランのもとで動き、自分が勝ち続ける限り、リングの中でも外でも夢を実現するチャンスが与えられることを、彼女は確信している。
「正直に言うと、6か月前は『仕事を探さなきゃいけないかも』って本気で思ってたんだ。私が今こうしてボクシングをやってる理由は、いつも言ってるけど、“自分のためより先に、お母さんの人生を良くしてあげたい”って思ってるからなんだ」と彼女は語った。
「家に帰ってきて、ふと考えたんだ。『このままだと、それすら叶えられないかもしれない』って。その瞬間が、一番こたえた。他のことよりもずっと。それで全部を見直すことになったんだ。」
「17歳のときから、ボクシングが自分のすべてだった。『これで人生を変えるんだ、何かをつかめるんだ』ってずっと思ってた。でもその思いが一度は崩れかけて、『考え直さなきゃいけないかも』ってなった。でも今は、すべてがひと回りして、ようやく意味が見えてきた気がするんだ。」
「神様のタイミングは、自分でどうにかしようとするよりもずっと完璧なんだよね」と彼女は続けた。「それが私にとっての転機だった。本当に、まるで証みたいなもので、『あのときはあんなにつらかったのに、今こんなに恵まれてる』って、しみじみ思うんだ。」
「今の気持ちは、ただそれだけ。心から、恵まれてるって感じてるんだ。」